サウナに行けない日の、ざわざわについて。

サウナ・キャンプ✖️仕事

✦ エッセイ
テーマ:サウナに行けない日の心

サウナに行けない日の、ざわざわについて。

サウナに行けない日がある。理由はちゃんとしているのに、心が納得していない。
胸の奥に残る「ざわざわ」を、今日はそのまま置いて書く。

サウナに行けない日がある。

忙しいとか、予定が詰まってるとか、家族の用事とか、単純に体が重いとか。
理由はちゃんとしている。ちゃんとしているのに、心は納得していない。

「今日は、行けたな。」

別に命に関わる話じゃない。行かなくても明日は来る。仕事も回る。家庭も壊れない。
なのに、胸の奥にうっすらとした“ざわざわ”が残る。

あれは何なんだろう。

依存なのか。逃避なのか。それとも、単純に必要な時間なのか。


サウナに行ける日は、あの扉を開けた瞬間にスイッチが切り替わる。
温度と湿度が、外界と自分の境界線をゆるめてくれる。
汗と一緒に、思考のノイズが流れていく。

でも行けない日は、そのノイズがそのまま残る。

サウナがないと“保留”できないものたち

  • 上司の一言
  • 部下の顔色
  • 未返信のメール
  • 将来のこと
  • 体重
  • ローン
  • 老後
  • どうでもいいニュース

サウナがあれば、いったん“保留”にできるものたちが、全部そのまま脳内に居座る。
だからざわざわする。


けれど最近、思うようになった。

行けない日も、たぶん悪くない。
行けないからこそ、「行きたい」がはっきりする。
行けないからこそ、自分が何を欲しているのか分かる。

静かな部屋で、湯気もないのに深呼吸をしてみる。スマホを伏せて、目を閉じる。
ほんの数分だけでも、少しだけ“内側”に戻る。

完璧な整いじゃない。でも、ゼロでもない。

もしかしたらサウナは、施設そのものよりも、「いったん立ち止まる許可」なのかもしれない。

今日は行けなかった。
でも、行きたいと思えた。

そのざわざわを抱えたまま、布団に入る。
明日は行けるかもしれないし、行けないかもしれない。

それでもいい。サウナは逃げない。
草加も、越谷も、きっとそこにある。

そして、ざわざわする自分も、ちゃんとそこにいる。

整わない日も、たぶん人生の一部だ。今日はそんな日。

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